先月、熊本の大学生時代に知り合った古い友人たちが、やんばるにやって来た。
私が昨年、辺戸岬観光案内所の仕事を辞め、やんばるの観光案内業「YAAYA」を始めたタイミングと、同じ時期にご隠居となった旧友たちが、大御所を連れて沖縄観光と旧交を温める旅が計画されたのである。
やって来たのは、63歳から78歳までの3人。
下川さんは、熊本大学時代からの親友である。卒業後も東京で暮らした時期が重なり、ツーリングに出かけ、人生の節目には語り合い、飲み明かした仲だ。
岡谷さんは、当時バイク仲間が集まっていた「ビックバイク オヤカ」の店主、常連客で先輩の高波さん。
学生時代は、みんなツーリング仲間であり、飲み仲間だった。
40年前を振り返ると、当然ながら昔の若さはない。
誰もがマイペースで、ゆっくり食べ、ゆっくり飲む。
40年前なら、再会した瞬間から大騒ぎだっただろう。
今はそれぞれ勝手に食べ、勝手にしゃべり、時々昔を思い出す。
そんな再会の酒を、ゆっくり楽しんだ。
6月23日 40年来の仲間を迎えに


座喜味城と私(山田)
一足早く沖縄に来ていた下川さんと私は、岡谷さんと高波さんを迎えるため、那覇空港へ向かった。
ただ空港へ迎えに行くだけでは、もったいない。
途中、座喜味城と残波岬を案内することにした。
40年前ならば、一緒にバイクで走っていた。
今は、私が沖縄の歴史や自然を案内している。
座喜味城の滑らかな城壁は、熊本城の城壁と同じように優麗だが、200年以上も早く建造された。これは、地勢的に文明の流れを受けやすい沖縄の特徴と思える。皆、環境が違えば、それぞれに進む、、、と言う話には、昔から下川さんは、のってこない。

下川さんは、泡盛「残波」を愛飲しているらしい。
ならば、実際に残波岬に立たなければならない。
岬に立ち、青い海を見下ろす下川さん。
きっと千葉に帰ってからの晩酌では、泡盛「残波」の味わいが、以前より少し深くなるに違いない。
その後、那覇空港で岡谷さんと高波さんを迎えた。
これで、40年前のバイク仲間4人がそろった。
夜は妻の末美も加わり、5人で近所の居酒屋「暖屋」へ。
酒を飲みながら、40年の距離を少しずつ縮めていった。
6月24日午前 昔のバイク仲間、マングローブを歩く


この日は妻の末美も加わり、5人でやんばるへ。
午前中はマングローブを歩いた。
40年前にはバイクで走っていた仲間が、今は沖縄のマングローブの中をゆっくり歩いている。
旅の形は、ずいぶん変わった。

バイクはない。
革ジャンもない。
歩く速さも、それぞれ違う。
それでも、一緒に旅をしていることは昔と同じである。
6月24日昼 お土産には、あまり興味がない
昼は5人で、あぐー沖縄そばを食べた。
その後、やんばる最大のお土産販売店がある道の駅「ゆいゆい国頭」へ。
せっかく案内したのだが、みんな買い物の意欲があまりない。
そういえば、昔のツーリングでも、目的地に着いてお土産を買う習慣などなかった。
40年たっても、そこは変わっていないらしい。
6月24日午後 やんばる西海岸の海へ
午後は、5人でやんばる西海岸へ。
日差しが強く、砂浜は灼熱である。
そこでタープを張り、シュノーケリングと泳ぎ釣りを楽しんだ。
岡谷さんは渚で過ごし、高波さんは海岸線を楽しむ。
それぞれが、それぞれのペースで海を楽しんだ。
下川は、4mも銛で、ハギを1匹、
末美は、投げ釣りで2匹、
私は、泳ぎ釣りで1匹。
皆同じくらいの30cmにも満たない魚だったが、釣ったり、突いたりして4匹を手に入れた。
からっと素揚げにして、26日の晩酌のサカナに出してくれて大いに酒が進んだ。
若い頃のツーリングでも、みんな同じ場所にいながら、それぞれ勝手なことをしていた。
40年たっても、あまり変わっていない。
海の後は、オクマ プライベートビーチ & リゾートへ。

サウナと、風呂場からビーチを眺めながら満喫した。
また、岡谷さんは相変わらずのカラスの行水。
ここでも、みんな My own pace である。
帰りには、嘉陽層の大きな褶曲を内陸側と海側で見た。


長い時間をかけて海底に積もった地層が、地球の力で大きく曲げられている。
人間の40年など、地球の時間から見ればほんの一瞬である。
そんな悠久の時間と地球の力も、その夜の酒盛りのサカナになった。
6月24日夜 40年前ほどは飲めないが

夜は5人で、名護のアーケード街にある「足立屋」へ。
やぎ刺しなどの沖縄料理はもちろんだが、ここのもつ煮は絶品である。
さすがに40年前のような無謀な飲み方は、もうできない。
しかし、限界近くまで攻めようとする姿勢は、あまり変わっていなかった。
この夜、岡谷さんがウナギと鶏が嫌いだと知って驚いた。
私の記憶には、そのカケラすら残っていなかった。
高波さんは、今では料理が新しい趣味だという。
いつか高波さんの料理を食べながら、酒をちびちび飲み、またバイクの話をしてみたいと思った。
6月25日朝 A&Wで沖縄の洗礼

朝は5人で、名護のA&Wへ。
A&Wは沖縄では「エンダー」と呼ばれ、長く親しまれてきた。
そして、ここへ来たならルートビアを飲まなければならない。
ルートビアは、アメリカの百年以上も前の禁酒法の回避策の名残で、薬草やハーブに炭酸を混ぜて独特の香りのノンアルコールビール。
初めて飲む人には、
「コーラに歯磨き粉を混ぜたような味」
と感じ、私を含め多くの人が苦手感がある。
そこで私は、飲む前に言っておいた。
「これを飲めないと、沖縄に来たとは呼べない」
すると、みんな、
「おいしい」
と言って飲み干した。
40年ぶりに会った友人たちに、朝から妙な意地を張らせてしまったのかもしれない。
でも、全員合格である。
6月25日午前 美ら海水族館へ
A&Wでの朝食後は、5人で美ら海水族館へ。

岡谷さんと下川さんは初めてなので、急がず、ゆっくりと館内を回った。
特に下川さんは、潜ることが趣味である。

水槽の魚を見るというより、自分も水中に入り込むような感覚なのだろうか。
魚を見る目が、明らかに輝いていた。
6月25日午後 海の緑と、森の緑

午後は、乙羽岳と古宇利島へ。

乙羽岳から眺める、やんばるの森の緑。

そして古宇利島の、エメラルドグリーンの海。
海の緑と、森の緑。
同じ「緑」でも、まったく違う。
その対照的な景色は、みんなに好評だった。
本来ならYAAYAのAコースとして、さらに森の奥へ入り、静かな森のたたずまいも見せたかった。
しかし今回は、そこまで欲張らない。
森の奥は、次回に残しておくことにした。
また来る理由が、一つあった方がいい。
6月26日 仲間二人が帰る
翌日、岡谷さんと高波さんは福岡へ帰っていった。
40年ぶりの4人旅は、ここで終わった。
沖縄には、下川さんが残った。
ここからは、熊本大学時代からの親友である下川さんと私、二人の旅になる。
6月27日 二日酔いで、やんばるの森へ
奥川で何かを探す下川さん
奥川には豪雨で立場が流されかけても土手にしがみ付いている根性の木々があり、その力強さには思わず手を合わせてしまう。

この日は下川さんと二人で、国頭村森林公園からやんばる奥地の渓流を歩き、最後に辺戸岬へ回った。
少しひどい二日酔いだったが、元気にやんばるの森へ出発した。
下川は、年に数回、東北地方の渓流へ釣りとキャンプに出かける。
本土の森林と渓流には、かなり親しんでいる。
そんな下川さんの感想は、
「やんばるの奥地の森と渓流は、規模が小さく、湿っぽくて、本土の渓流ほど爽やかではない」
というものだった。
ごもっともである。
しかし、10年以上沖縄で暮らした私の体には、この湿った森と渓流の空気が、極上の爽やかさをもたらす。
同じ森でも、どこで暮らしてきたかによって、感じ方は違う。
それも面白い。

この日は偶然、リュウキュウハグロトンボのハートリングを撮影することができた。
二匹の体がつくる、小さなハート。
一瞬だけ、動物カメラマンになったような喜びを味わった。
6月27日と28日 気楽な二人旅の昼食

二日間の昼食は、ゆいゆい国頭で、国頭漁港の店が作る弁当や惣菜を買って食べた。
気心の知れた仲間との旅では、毎回きちんとした店に入る必要もない。
食べたいものを買い、外のテーブルで食べる。
それもまた、気楽でいい。
6月28日 雨の楚洲
この日も、下川さんと私の二人。
やんばる東海岸、楚洲のイノーへ向かった。
下川は、シュノーケリング。
私は泳ぎ釣りをする予定だった。
しかし、二日酔いで、どうにも意欲が湧かない。
私は自作のタープの下で、のんびり過ごすことにした。
風雨は強かったが、私のお手製タープのおかげで濡れずに済んだ。
一方、海へ出た下川は、想像していたよりかなり浅かったらしく、とても残念そうに戻ってきた。
海も森も、こちらの予定どおりにはならない。
それも、やんばるである。
6月29日 最後は伊江島のタッチューへ

最後の旅は、下川さんと二人で伊江島へ。
城山、通称「タッチュー」を登った。

この日は晴天。
とにかく暑い。
汗が止まらない。
二日酔いを汗で流してしまおうと思って登り始めたが、めまいがしそうなほどの暑さだった。
急がず、休みながら登る。
1時間弱かけて頂上へ到着した。
時間をかけた分、いつも以上の達成感があった。


頂上からは、伊江島の畑と、その向こうに広がる海が見えた。
若い頃なら、もっと速く登っただろう。
今は、時間をかけて登る。
その分、頂上に着いた時の喜びも大きい。

足元には、古いチャートの岩に苔が生えていた。
海から突き出す独特の山。
2億年前のシリカ放散虫の残骸である古い石と地衣類。
そして遠くに広がる海。
伊江島の特異性から地球の時間の長さを感じる場所だった。
帰りに瀬底島へ寄ると、

24h 瀬底島産 ヤギ刺し 自販機を発見した。
沖縄に10年以上暮らしている私でも、これは初めて見た。
旅の最後まで、何かが出てくる。

そして最後は、カツオの出汁がしっかり効いた「宮里そば」。
これで、すべての旅が終わった。
40年たっても、あまり変わらない
40年ぶりに会えば、昔のように大騒ぎするのかと思っていた。
しかし実際は、みんな年を取り、マイペースになっていた。
歩く速さも違う。
海の楽しみ方も違う。
酒の飲み方も、少しだけ変わった。
それでも、同じ景色を見て、同じテーブルを囲み、昔のバイクの話をすると、40年という時間は意外なほど簡単に縮まった。
若い頃は、バイクで遠くへ走ることが旅だった。
今は、ゆっくり歩き、海を眺め、森の空気を吸い、酒を飲む。
旅の形は変わった。
しかし、一緒に旅をする仲間は、40年たっても、あまり変わっていなかった。
そして私は今、YAAYAという仕事を始めている。
今回の旅は、昔の仲間との再会であると同時に、私がこれから案内していく「やんばる」を、古い友人たちに見てもらう旅でもあった。
次に会うのは、また40年後では困る。
その時は、今回見せられなかった森の奥を、一緒にゆっくり歩きたい。
