Dコース解説

沖縄本島最北端・辺戸岬と安須森の岩山

① 2億年前の海から始まる物語 辺戸岬と安須森(アスムイ)の岩山の主役は石灰岩です。 その材料は、約2億年前(中生代)に温暖な浅い海で生きていたサンゴや貝、微小な海洋生物の殻。 長い年月をかけて海底に積もり、固まり、 やがてプレートの動きによって海の底から持ち上げられました。

沖縄本島は、ユーラシア大陸の縁辺部に形成された**琉球弧(Ryukyu Arc)**の一部。 フィリピン海プレートが沈み込むことで、地殻が圧縮・隆起し、 石灰岩層が海面上に現れたのです。

② 最終氷期後の地形形成(約2万年〜) 現在のやんばるの山並みがほぼ今の姿になったのは、 最終氷期が終わった約2万年前以降。 海面上昇と隆起の繰り返し 激しい亜熱帯の雨 石灰岩が雨水で溶けるカルスト作用 これにより、安須森のような鋭い岩峰群が形成されました。 石灰岩は雨に溶けやすく、地下洞窟や奇岩を生み出します。 安須森は「山」というより“石灰岩の聖なる塔”の集合体なのです。

③ 約1万年前、人は北からやってきた 最終氷期には海面が低く、 奄美・沖縄は現在よりも距離が近い状態でした。 約1万年前、北(九州・奄美方面)から人々が移動し、 やがてやんばるの森にも暮らし始めます。 彼らは— 海と森の恵みを利用し 小規模な集落をつくり 竪穴式住居を築いた 自然と共生する生活がここに始まったのです。

④ 安須森 ― 沖縄開闢の地へ 時代が下り、琉球創世神話の中で 安須森は特別な意味を持つようになります。 琉球神話では、 アマミキヨ(創世神)が最初に降り立った場所のひとつとされ、 沖縄開闢の聖地と語り継がれます。 安須森は、沖縄七御嶽(七つの聖地)のひとつに数えられ、 今もなお祈りの対象です。 ここは— 大地が海から生まれ 人が北から渡り 祈りが始まった場所 地質と神話が重なる地点なのです。

辺戸のノロの拝所から望む安杜森

戦後県民の苦悩の象徴、祖国復帰闘争碑

この碑は1976年に建立されました。
沖縄が1972年に日本へ復帰した後も、県民の思いは単純ではなかったことを物語っています。

1972年以前、沖縄復帰前の日本との国境 国境をまたいで与論島と辺戸岬で松明を燃やし互いの友好と早期復帰を祈った。

日本復帰により、
本土と同じような平和な暮らしが戻ると期待されました。

しかし、米軍基地はそのまま残り、
東アジアの平和と安定の名のもとに、
沖縄には今も多くの基地が集中しています。

この碑は、私たちに静かに問いかけます。

「これで本当に良いのか」
「沖縄、そして人類の未来は、どうあるべきか」

ここは、答えを示す場所ではなく、
それぞれが考えるための場所なのです。

祖国復帰闘争碑

近年、国際情勢は不安定さを増し、
中国を含む東アジアの安全保障環境も大きく変化しています。

そのため、

  • 現実的な安全保障を重視する声

  • 基地の存在に強い拒否感を示す声

  • 本土との歴史的な距離感に葛藤を抱く声

さまざまな立場が沖縄社会の中に存在しています。

対話は容易ではありません。
しかしこの碑は、立場の違いを越えて、
「沖縄にとっての平和とは何か」を考え続けるための場所でもあります。

ここは、過去の闘争を記念するだけでなく、
現在と未来を静かに見つめる場所なのです。

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