やんばるの春 うりずんの森と琉球の聖地で神々を感じる癒しのハイキング

沖縄には「うりずん」と呼ばれる美しい季節があります。
冬が終わり、夏の暑さが来る前の、風も空気もやわらかな春の時間。

先日、姪が泊まりで遊びに来てくれたので、
YAAYAのツアーコースを実際に歩きながら案内しました。

Urizun

二日間の小さな旅のあと、彼女が言った言葉は

「少し歩き疲れたけど、すごく癒された」

この言葉が嬉しくて、
今日はその体験をブログで紹介したいと思います。

1日目

琉球の聖地と辺戸岬を歩く(YAAYA Dコース)

最初に歩いたのは、YAAYAの Dコース。
辺戸の古い生活道路から森の遊歩道に入り、
静かな森の奥へ進んでいきます。

そこには、琉球王朝の時代から続く聖地があります。

昔、辺戸のノロ(神女)が
年の初めに王様のために 若水取りの儀式 を行った場所です。
約400年前から続く祈りの場所です。

姪は初めて訪れましたが、
説明する前から森の空気を感じ取ったようでした。

森の中で立ち止まり、
手を広げて深呼吸をしながら静かに佇んでいました。

聖地の森

小さな清流は今も枯れることがありません。

この水はおそらく、
大地の断層の奥に広がる豊かな森が
長い年月をかけて蓄えてきた水なのだろうと思います。

自然と信仰がつながる場所。
やんばるには、そんな場所が今も残っています。


辺戸岬と琉球の物語

次に、車で 辺戸岬 へ向かいました。

与論島を背景に短い遊歩道を歩き、
安須森(アスムイ)を望む東屋へ。

ここで私は、YAAYAの定番の話をしました。

与論島から安須森を目指す

沖縄の人々の祖先の多くは
与論島から南へ渡ってきた人々だという説。

そして、沖縄の開闢神話の話。

姪は 与論島出身なので、
意外なつながりを感じて興味深そうに聞いていました。

YAAYAでは、こうした話を
紙芝居のように分かりやすく紹介しています。


沖縄本島の「最北端の最北端」

最後は、岬から静かな道を歩いて
沖縄本島の最北端の最北端へ。

最北端の最北端入口

この道は
ヤンバルクイナの遭遇確率が少し高い道です。
(もちろん、めったに会えませんが…)

なんと幸運にも、彼女は一瞬だけど遭遇しました。

目の前には

・与論島
・伊平屋島
・伊是名島

がよく見えます。

姪は黒々とした石灰岩の岩場に腰掛け、
岩の感触を楽しみ波しぶきを眺めながら

なんと 30分も海を見ていました。

白い波が砕ける音。
風の音。

それだけで、時間がゆっくり流れていきます。


2日目

うりずんの森を歩く(YAAYA Cコース)

翌日は YAAYA Cコース。

Cコース 出発

辺野喜ダムから橋を渡り、
深い森の中へ入ります。

森の道を約1時間歩くと、
尾根の見晴らしのよい場所へ。

辺野喜ダム湖畔

そこには

うりずんの季節のやんばるの山々

が広がっていました。

春のやんばるは、
若い緑がいちばん美しい季節です。


清流の渓谷ハイキング

その後は、
渓流に沿った約4kmの下りコース。

歩きながら聞こえてくるのは

・清流のせせらぎ
・鳥の声
・風に揺れる葉の音

自然の音だけです。

途中、小雨が降りましたが、
YAAYAで用意している 丈夫な傘 をさして
楽しそうに歩いていました。

道の途中では
**イルカンダ(巨大なつる植物)**のつぼみを見つけ、
少し植物の話もしました。

帰路、生きたヤンバルクイナの展示を見に行き、今回遭遇した鳥が本物であったことを確認しました。


失敗もひとつ

実は、この日の大きな反省点が一つ。

昼のおにぎりを買うのを忘れてしまいました。

途中で

・食べられるシダ
・森の木の実

を少し口にしたのですが、
量が足りず かなりお腹が空いてしまいました。

次からは
必ずおにぎりを準備すること
を心に誓いました。


やんばるをゆっくり歩く旅

今回の二日間で、姪が言った言葉。

「歩くと、やんばるの空気が体に入って癒される」

YAAYAのツアーは
急がず、自然を味わいながら歩く旅です。

森の空気
琉球の歴史
聖地の静けさ

それらをゆっくり感じる時間。

もし沖縄北部へ来ることがあれば、
ぜひ やんばるの森を一緒に歩きましょう。

YAAYA – Gentle Guided Walks in Yanbaru

急がず、触れず、空気を味わう。
Leave nature untouched, feel deeply.

やんばるの季節に慣れた心に、霧島の秋は静かに燃えた

やんばるの季節に身を沈め、他所へ旅に出る気配さえ忘れていた十年。その長い歳月を経て、私は久方ぶりに沖縄を離れ、本土の霧島高原を訪れた。紅葉と温泉という、かつては馴染み深かったはずの光景が、今回は驚くほど新鮮に胸に迫ったのである。

燃え立つような紅葉の赤が、冷え込んだ山麓の空気の中でひときわ冴え、まるで初めて見る景色のように心を揺さぶった。かつて何十回も紅葉の山を歩いた記憶はある。しかし、今回の感動は、それらと比較することすら無意味だと思えるほど深かった。

沖縄に移る前の四年間、私は長野を拠点にし、信州の山々や日本海の浜辺を週末ごとに歩いたものだった。その後、沖縄島の中央に位置する名護市に移り住み、やんばるの森に毎週のように分け入る生活が十年続いた。

だが今年の長い猛暑は、私の心に妙な渇きを生んだ。あの、冷たい空気の中で見る紅葉がどうしても恋しくなったのである。そうして、六十四歳の誕生日に合わせて、もっとも身近な本土である霧島高原へ向かう決心をした。硫黄の香りを含んだ温泉に身を沈めたいという、本格源泉の無い沖縄の住民ならではの欲求も、その決心を後押しした。

やんばるの自然に深く浸ってきたからこそ、霧島の山々は鮮烈な印象をもって迫ってきた。そして同時に、霧島の山風の中で、やんばるの森が持つ独自の魅力が、よりくっきりと浮かび上がってくるのを感じた。

ここから、十年ぶりの山の旅を綴っていきたい。

11月25日

朝3時 名護市発、7:25 那覇発

那覇空港 出発ロビー8:40 鹿児島空港着、レンタカー

鹿児島県民の森

鹿児島空港からレンタカーで県民の森へ直行
県民の森 杉とカエデ
艶やかな朱色、光る

紅葉の道 散策

紅葉の道 雨のため車内から

霧島神宮へ拝礼

霧島国際ホテル 温泉

霧島国際ホテルの裏側の散策道

ホテルを少し離れた国道から、裏側の山原に似た木々が生える森につながる散策道がひっそりとあるのを見つけた。道の入口は、しらす土壌であり少し歩くと断層が横切り、その奥はやんばるの大半を占める四万十帯と同列の土壌であった。そこには、シイやキリの樹木が、やんばるより数割大きく繁茂していた。やんばるの同種樹木が小さいのは、腐葉土の薄さと競争相手の多さが原因だろうかと思えたりした。一方でシラス土壌にはススキや竹が茂っている。

散策道の入口付近 しっとりとしたシラス壁

そして断層の先には、硫黄谷噴気地帯がある。蒸気が噴き出す光景は、30万年以上も続く霧島の造山活動の一瞬であろうが、思わず悠久の造形物に見え圧倒されてしまう

11月26日

霧島硫黄谷、大浪池、高千穂河原の散策

霧島国際ホテル 温泉

ホテルの露天風呂からは、カエデや赤い実の付いたイイギリの巨木が見えた。

紅葉湯や 枯れる前光る 六十四

まだまだ、まだまだなり。

11月27日

えびの高原、小林市 ドライブ

生駒高原への道は土日のみ通行可
韓国岳(からくにだけ)の噴火跡が、気温8℃の高原の寒さを強調する。

霧島国際ホテル 温泉

ホテルで朝食と晩食の食べ放題の予約は、旅の前からの大きな楽しみだが、2泊を過ぎると箸がすすまず、湯船でトドとなる。食欲だけは減退せず、100k越え維持せしむ。

11月28日

霧島神宮へ拝礼

参道入口付近
参道途中 杉の巨木と小さな紅葉
砂岩の間から燃え上がるカエデ
両側に杉林、奥から天狗様の気配
本堂前 階段を見上げて空の青!

安楽温泉 やまのゆ(立ち寄り:300円)

1時間ほど立ち寄りました。とてもいい湯でした。男湯の露天風呂が流されて使えなかったのが残念でした。空港まで10分と近く、ぎりぎりまで楽しめる日帰り温泉場でした。

17:50 鹿児島空港発 19:20 那覇空港着

鹿児島空港 西郷さんとちょっと似てるかも

22:30 名護市着

何事もなく無事に帰り、ほっとした缶酎ハイのうまさよ!

By 山田

 

 

 

 

三多摩ボーイ、奥やんばるへ。蝶と清流をめぐる秋のハイキング

東京に暮らす友人がいる。
蝶とフライフィッシングを愛し、その話となると目を細めて川霧の彼方を見るような人である。山と焚き火を愛する国分寺住まいの三多摩ボーイで、若いころから渓に棲むイワナの漁期を軸に四季を過ごしてきた。その身は既に古希に届くというのに、身中の好奇心は今だ枯れることがない。むしろ少年期のままに澄んでいる。

その友を奥やんばるの山へ案内した。
ひとくちに山といっても、ここは南島の山である。大陸の山脈とは趣が異なり、風は海を含み、木々の匂いは深い湿りを帯びている。蝶を目で追い、種目を判別しようとする人ならば、この土地の大きな気候の差に、きっと胸の奥に残る期待感があったのだろうと思った。

まずマングローブ林と、植樹の多い公園を歩いた。
そこで数種類の蝶が秋の陽光の中を戯れるように飛んだ。友は、その一つひとつを見逃すまいと、静かに息をととのえていた。

それから、YAAYAで案内を予定しているハイキングの道へと移った。
舞台は世界自然遺産の域内にある、人通りの少ない林道である。高く伸びる樹冠を見上げ、やがては橋の上からそれらを見下ろして、幾重にも重なる山稜の線を眺めた。
道を変えれば、清冽な水の音が絶えず耳をうつ場所へ出る。足元は緩やかな下りで、忙しくタイトに踏破する旅ではない。ただ森に寄り添って歩く時間である。

歩いた距離は合計五キロほどで、二時間ばかり。
急くことなく、言葉も多くは要らなかった。ただ、時々立ち止まって、友が蝶の姿を追うのを見守った。

森は、こちらが静かになればなるほど、その奥を開いて自然と対話する。

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以下、いくつか写真を添える。

辺野喜ダム公園にて。白く大きなツマベニチョウが、風に溶けるように舞った。
森の入口。深い緑が、こちらの気配を探るように迎えてくれる。
撮影の一瞬。蝶がとまる刹那に、息を呑む。

ベニモンアゲハが、恐れもせず近くを旋回した。黒と紅の対照が、開けた森にひときわ映えた。

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林道をゆく友人は、ヒカゲヘゴの大きな葉のあいだから差す薄明りを浴びながら、蝶を探しては、まるで森を糧にしていた縄文人のような面持ちで通りすぎていった。

林道に寄り添う清流がある。
かすかな風にさえ、静かに応じる水面であった。その澄明な鏡には、森の緑が深く沈み、時の流れを感じない透明感が見えた。
ひっそりと、リュウキュウハグロトンボが翅を休めていた。
黒は闇ではなく、緑の胴体と合わせ森の深さの色であった。

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奥やんばるには、世を驚かすような絶景は多くはない。
しかし、緩やか風や、木々の影の重なりの中に、ふと心に残る風景がある。
それは、旅人が静かに歩みながら息が溶け合うとき、はじめて姿を現すものだ。

YAAYAの案内するハイキングは、そうした「心に余白をつくる時間」を大切にした歩き旅です。

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ジャングリア JUNGLIA Open 時の国道58号線からの交通状況

旅人には、遠い昔に来たことがある錯覚との静かな出会いの楽しみと、日常から遠くはなれたファンタジックな場所で、はっちゃける楽しみがある。

ジャングリアは、やんばると呼ばれる沖縄島の北部の亜熱帯の森林地帯にあるアミューズメントパークであり、63歳の私でも亜熱帯に繁茂している太古の樹木ヘゴノキの森でリアルで巨大な恐竜に追いかけられたら、はっちゃけるに違いない。

2023年11月に、ディズニーランドのような世界市場に知られるアミューズメントパークを、2年後にやんばるの地で JUNGLIAの名で開業すると、多くのメディアで大きな期待を込めて話題となった。

そして、昨日、2025年7月25日の朝10時OPENの運びとなった。

私は、観光案内を生業にしているので、OPEN時の国道58号からJungliaへの交通状況が気になり、複数の経路を見てきました。

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赤:イオンからのシャトルバス経路

黒:乗用車が良く使う経路

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経路1:バス経路

ジャングリアの駐車場の予約が、とれていないが車で来られた方は、イオン名護店屋上がジャングリア用の駐車場で車を留めて、58号線に接したイオンの駐車場からジャングリアへのシャトルバス停で乗車する。

イオン シャトルバス停
2025 7 25 AM 9:07

イオン⇒国道58号⇒県道71号⇒国道505号⇒県道123号⇒中山農道⇒ジャングリアバス駐車場

イオンからJunglia  の距離:11.3km  所要時間:18分

ジャングリア バス入口
Junglia 駐車場
バス入口ゲートに隣接

帰路は、上図の赤の左側になり、県道84号⇒国道58号⇒イオンとなる。

バスの経路が反時計回りで往復しているのは、細い経路特に農道では、バスがセンターラインを越える局面が散見されたので、対面での危険性を下げるためとの印象を持った。

当日は、ジャングリアへの経路のほとんどの交差点で交通量の調査が行われていた。また、道中で名護市のタクシーを多く見た。多分、バスで名護市まで来られたお客さんが、主にタクシーを使うのかもしれません。

経路中の交通量調査
名護市のタクシー多く大活躍

Junglia から イオンの距離:7.9km  所要時間:17分

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ジャングリア ⇒ の標識 県道84号

経路2:乗用車の経路

国道58号⇒県道84号⇒農道⇒ジャングリア

国道58号と県道84号のT字から ジャングリア:6.3km  所要時間:12分

 

84号 ジャングリア⇒ 道しるべ.

ジャングリアの側道から、恐竜の首が見えます。

恐竜の首

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ジャングリア 乗用車入口

 

経路3:乗用車の経路

国道58号⇒国道505号⇒県道123号⇒中山農道⇒ジャングリア

ジャングリアから国道58号と国道505号の十字:9.5kmkm  所要時間:15分

 

大規模アミューズメントパークのOPENだったので、経路が細いとこなどは渋滞するかと思っていたが、全経路でスムーズな流れであった。ただ、狭い道路でのリムジンバスとのすれ違い時には、注意が必要であった。

夏休みの時期が過ぎたて、少しすいてきたら、遊びに行きたいと思ってます。

 

 

やんばる最後の木造漁船サバニ、田嘉里川河口に浮かぶ昭和のノスタルジー

沖縄本島の最北端である辺戸岬には、休日の天気の良い日には、多くのバイクがやってくる。

そのなかで、昭和後半の古いバイクを駐車場に並べて、のんびり時間を過ごす「昔の若者たち」を多く目にする。

彼らは、半世紀前のビンテージを磨き上げ調整し、めんどくさい操作を楽しんで岬に着いた後、海原と岩山の風景に自分のバイクを溶け込ませて、ノスタルジックに視線を遠くに向けたりする。

やんばるにも、昭和には多くのサバニと呼ばれる沖縄独特の10mに満たない木造の漁船が数多く活躍して、厳しくも豊かな海の恵みで島々の乏しい食生活を支え豊かにしていた。サバニ漁師は、流線型で転覆し易い船体を自分の体の一部として、荒波に立ち向かい千里を駆け巡った。彼らにとっては、命がけの仕事の重さを担う以外に、現代のバイクとライダーのような感覚があったのではないかと思えたりする。

辺戸沖のサバニ 昭和のイメージ

平成になると、木造漁船は疎んじられ軽量で安価なグラスファイバー船へと移り変わる。徐々にサバニの居場所が失われ、また木造であるが故に劣化が進みやすく、今では殆どみることは無い。

船着き場奥のサバニの残骸

今、やんばるで唯一現役のサバニが見られるのは、大宜味村の田嘉里川の下流の浜から100mほど上流に置かれている一艇ではないだろうか。

サバニを扱う「昔の若者」にとって、現役の老獅子は、青春のシンボルで宝物である。そのため、深い愛着と何とか残し続けたい強い思いが、流線型の美しさを保ってきたのであろう。その舟板が浸食された雄姿は、重厚な哀愁ノスタルジーを背負い、夕日に映える。

この田嘉里川の現役サバニの搭載品を見ると、魚群探知機や釣れた大物を引き上げるためのフックがあり、やんばるの海原の漁が垣間見られたりする。

魚群センサー棒と防水の映像観察窓付きBOX、
T字形の舵の左右に延びた腕の端を紐で引き操舵する

 

去年、幸運にも持ち主と思われるご老人の方が、船を浮かべてエンジンの整備をしている光景をみることができた。

サバニと老人

船の主は、半世紀前のビンテージに息を吹きかけ、昔捕った大物や大漁の歓声を楽しく思い浮かべながら、エンジンにオイルを指し点検を楽しんでいるに違い無い、あるいは次の出撃に向けて最も恐怖である海原でのエンジン故障への安心を醸成していると勝手に思えりした。

できるだけ長く、古き良き沖縄の風を残して頂くよう祈るばかりである。

その一方で、昭和の古いやんばるの輝きがゆっくり色あせるのは、昭和に若者であった自分が老いていくのと同調しているようで、気持の良い感覚でもある。

By 山田YRN