三多摩ボーイ、奥やんばるへ。蝶と清流をめぐる秋のハイキング

東京に暮らす友人がいる。
蝶とフライフィッシングを愛し、その話となると目を細めて川霧の彼方を見るような人である。山と焚き火を愛する国分寺住まいの三多摩ボーイで、若いころから渓に棲むイワナの漁期を軸に四季を過ごしてきた。その身は既に古希に届くというのに、身中の好奇心は今だ枯れることがない。むしろ少年期のままに澄んでいる。

その友を奥やんばるの山へ案内した。
ひとくちに山といっても、ここは南島の山である。大陸の山脈とは趣が異なり、風は海を含み、木々の匂いは深い湿りを帯びている。蝶を目で追い、種目を判別しようとする人ならば、この土地の大きな気候の差に、きっと胸の奥に残る期待感があったのだろうと思った。

まずマングローブ林と、植樹の多い公園を歩いた。
そこで数種類の蝶が秋の陽光の中を戯れるように飛んだ。友は、その一つひとつを見逃すまいと、静かに息をととのえていた。

それから、YAAYAで案内を予定しているハイキングの道へと移った。
舞台は世界自然遺産の域内にある、人通りの少ない林道である。高く伸びる樹冠を見上げ、やがては橋の上からそれらを見下ろして、幾重にも重なる山稜の線を眺めた。
道を変えれば、清冽な水の音が絶えず耳をうつ場所へ出る。足元は緩やかな下りで、忙しくタイトに踏破する旅ではない。ただ森に寄り添って歩く時間である。

歩いた距離は合計五キロほどで、二時間ばかり。
急くことなく、言葉も多くは要らなかった。ただ、時々立ち止まって、友が蝶の姿を追うのを見守った。

森は、こちらが静かになればなるほど、その奥を開いて自然と対話する。

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以下、いくつか写真を添える。

辺野喜ダム公園にて。白く大きなツマベニチョウが、風に溶けるように舞った。
森の入口。深い緑が、こちらの気配を探るように迎えてくれる。
撮影の一瞬。蝶がとまる刹那に、息を呑む。

ベニモンアゲハが、恐れもせず近くを旋回した。黒と紅の対照が、開けた森にひときわ映えた。

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林道をゆく友人は、ヒカゲヘゴの大きな葉のあいだから差す薄明りを浴びながら、蝶を探しては、まるで森を糧にしていた縄文人のような面持ちで通りすぎていった。

林道に寄り添う清流がある。
かすかな風にさえ、静かに応じる水面であった。その澄明な鏡には、森の緑が深く沈み、時の流れを感じない透明感が見えた。
ひっそりと、リュウキュウハグロトンボが翅を休めていた。
黒は闇ではなく、緑の胴体と合わせ森の深さの色であった。

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奥やんばるには、世を驚かすような絶景は多くはない。
しかし、緩やか風や、木々の影の重なりの中に、ふと心に残る風景がある。
それは、旅人が静かに歩みながら息が溶け合うとき、はじめて姿を現すものだ。

YAAYAの案内するハイキングは、そうした「心に余白をつくる時間」を大切にした歩き旅です。

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