2024年、新年明けましておめでとうございます。
Happy new year.
世界が穏やかでありますように祈ります。
I pray that the world will be peaceful.
今年も多くの方が、辺戸岬においで頂くことを心よりお待ちしております。
We are looking forward to seeing many people come to Cape Hedo.


沖縄 観光 国頭村民ガイドツアー やんばる案内屋 YAAYA 林道ハイキング(伴走車サポート)
YAAYA Comfort Hikes In Northern Okinawa Island, World Nature Heritage
2024年、新年明けましておめでとうございます。
Happy new year.
世界が穏やかでありますように祈ります。
I pray that the world will be peaceful.
今年も多くの方が、辺戸岬においで頂くことを心よりお待ちしております。
We are looking forward to seeing many people come to Cape Hedo.

私は、沖縄に移住する前に長い間信州の渓流でフライフィッシングを楽しんでいました。フライフィッシングは、昆虫等に似せた毛ばりを重さのあるライン(道糸)をムチの原理と竿のしなりを使って、遠くの魚が食いつきそうなポイントへ投入(チャスティング)し、魚が本物と錯覚し食い付くのを利用する釣法です。
沖縄では、信州のような渓流が無いため、海岸線でウキをコマセを使ったエサ釣りを6年ほど楽しんでました。昨年(2022年)から、珊瑚が群生しているイノーのね根付き魚を泳ぎながら釣り始めました。当初、リールの無い短い竿で挑戦していましたが警戒され中々釣れません。さらに、糸の絡みや根掛かりが多く面白くないので、新たな別の選択に迫られました。
そこで、フライフィッシングの本道から外れますが、ラインの先にクッションゴムを数10cm、その先の細い糸(ハリス)を数10cm、そして餌針の仕掛けを思いつきました。ここで、ハリスの中間より針側に小さなウキ(フロート)を付けます。この仕掛けでは、もしオモリ役のクッションゴムが枝サンゴの中に落ちても、鉛の錘のように枝サンゴの茂みに入り込みません。さらに、その重さでチャスティングが正確になります。また、フロートが、餌針を最低から5~10cm上に漂わせることができます。
シュノーケリングをしながら、キャスティングをして、海底の魚を見ながら誘い食わせたときは、とても到達感があり興奮します。
2023年5月19日、梅雨入り三日目の晴れ間に、やんばる国道58号線沿いの与那海岸沖のイノーで、今年初めてのフライフィッシングを楽しみました。まだ、二時間程泳ぐには早いので、腰まで浸かって立ち釣りをしました。

今回の道具は、竿が #5ロット、道糸が#5のフローティングラインに、1gのサルカンを介して直径3mmで長さ65cmのクッションゴムと繋ぎ、ティペット(ハリス 直径0.3mm)を20cm~1m繋ぎチヌ針4~6号を結んでいます。
ターゲットの魚は、根付魚のトラギスとミーバイです。トラギスは、砂地にいて素揚げでパリッとヒレまで食べれる美味しい魚です。イノーのミーバイは、小さいので味噌汁にすると独特の出汁が出て美味しいです。
釣りポイントとなる砂地にしても枝サンゴのカケラが敷き詰めらているので、針や鉛が着底すると すぐに根掛かりしてしまします。そこでオモリをクッションゴムにして弾力を持たせながら重力を分散させることで沈み込みと引っ掛かりを防止しています。さらにハリスに針が浮く程度の小さなウキを付けて、海底から10~30cm上にエサが漂うようにしています。クッションゴムは、10m以上コントロール良く飛ばすのに十分なオモリで、ハリスとのカラミが起こりにくいです。

漁場であるイノーは、沖数百メートルにできる浅瀬(リーフ)と海岸に挟まれた自然の浅瀬の内海です。海岸線から数十メートル沖からサンゴと砂地がマダラ模様で点在しています。

エサですが、残念ながら毛ばりではなく、青魚の皮付き短冊切りがベストです。今回は、ストックがなかったので、オキアミ(小エビ)とネリエサ(小麦粉とオキアミをミンチにして集魚剤と合わせて混ぜたもの)を使いました。
オキアミとネリエサを人の食べ物で例えると、ステーキとハンバーグに相当すると思います。私の昔からの先入観で、「原始人にハンバーグを出しても警戒して食べないハズ!」なので、ネリエサは不利と思い込んでいました。ところが、沖縄では、アイゴ(カーエー)やブダイ(イラブチ)は、ネリエサの方が釣れるので、ひょっとしたらイノーでもネリエサが有利かもしれないと今回試してみました。

海岸から20~50m離れた場所で釣りました。約2時間の釣行でエサを交互に変えた釣果は、ネリエサでの当たりが2回で1匹釣れ、オキアミでは6回当たりがあって2匹釣れました。もしかしたら、イノーの魚は、ステーキ好きなようです。
2023年5月23日、沖縄は、梅雨入り宣言直後から晴れる傾向があるかもしれません。晴れたので、風向きを考えて、本部半島の美ら海水族館に近い瀬底島の南東側の海岸でフライフィッシングを楽しみました。

昼2時から4時半まで、海岸から 20m程で、エサ、カツオの腹皮付き、オキアミ、ネリエサで釣って、カツオ4回当たって2匹、オキアミ1回当たり、ネリエサ反応無しでした。

ここでは、カイツオのエサが圧倒的に強い結果となりました。
<2023年6月8日>

梅雨の晴れ間が続き、また与那海岸で、フライフィッシングをしました。
今回は、水温が上がり、水中メガネを付けて、正当なシュノーケリング&フライフィッシングでした。

道具は、ライフジャケット、足ヒレ、浮き餌カゴ、フライロットとラインでリール無し、獲物収納ウキカゴになります。

今回の2時間半の釣果は、トラギス5匹、イシミーバイ1匹、ベラ1匹でした。
見ながら魚の修正を見定めながらの釣りは、とても興奮する楽しい釣法で、釣りの原点が感じられます。
読者の皆様も、安全に留意してお楽しみください。
By 山田YRN

2022年、新年明けましておめでとうございます。
Happy new year.
今年も多くの方が、辺戸岬においで頂くことを心よりお待ちしております。
We are looking forward to seeing many people come to Cape Hedo.
NHK朝の連続テレビ「ちむどんどん」が放映され一月ほどになり、辺戸岬の観光案内所には、毎日のようにロケ地の質問を頂きます。残念ながら辺戸岬はロケ地にならなかったのですが、私なりにロケ地を割り出し、写真と大まかな位置を辺戸岬からの大体の距離を含めて紹介してみたいと思います。
※最終回を迎えたので、2022.10.2を最終版とします。
比嘉の長男、賢秀がドラ息子を殴ったロケ地を追加 2022.05.22。
<シークワーサーの木と海岸線の崖>

辺戸岬から110km南の海中道路を通っていける宮城島の北東の海岸線にあります。海岸線は、やんばるというより沖縄本島南部の景観ですが、シークワーサーにより、やんばるらしく見えました。ただ、ここの土地は、アルカリ性の土壌であるため、シークワーサーの生育に適さず、撮影のため植えて、終了後に移植したようです。

ロケ地へ行く途中のサトウキビ畑の中にある走路には、琉球石灰岩が敷かれていて南国の趣があります。ロケ地であることは、この畑で農作業をされていたおばあさんに確認しました。

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<比嘉家の外観と直ぐ近くの清流>

比嘉家のロケ地は、東村の北東部にあり辺戸岬から40㎞程70号線を南下した一軒家です。人里離れた「やんばるそのもの」の自然環境の中にあります。

近くには電柱と電線があり私有地ですので、近くに寄られた際はご配慮下さい。

道端にコンロンカが出迎えてくれました。

比嘉家へつながる小道のすぐ横に清流が流れています。

途中まで車で行きますが、悪路であり、砂利道でスタックして大変でした。車はリスク高いです。


下流域のトレッキングは、厳しいのでお勧めできませんが、やんばるの原風景を感じることができます。
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<やんばる村のバス停>

琉球南北バスが止まるバス停は、比嘉家の子供たちの出発の地であり、海の見える高台にあります。辺戸岬から70km南下した名護市天仁屋の海岸沿いの土地整備されたキビ畑走る道路の交差点がロケ地と思われます。ドラマでは、今風の柵をとりアスファルトには白砂をまぶしてましたので、自然な感覚で見れました。琉球南北バスは、昔の軍用バスを連想させました。

多分、小学生の東京へ行こうとする暢子を追いかけて子供たちが走った道ではないかと思います。
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<山原高等学校>


山原高等学校は、名護市の東にある嘉陽小学校の跡地でロケが行われました。バス停から5㎞離れた辺戸岬から75kmくらいに位置します。

ドラマでは、校庭のトラックは白い砂が敷かれ草が無く明瞭でしたが、今は芝生が生えています。つい数か月前に確かに撮影があった痕跡が見れました。去年の撮影前は、ここにはトラックは識別できなかったです。

ドラマでたびたび登場した、校庭に隣接した海岸の風景です。海と岩と森林が隣接した学びの館は、やんばるの子供たちを伸び伸びと育んだことでしょう。
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<比嘉の長男、賢秀がドラ息子と喧嘩した堤防と海岸>


比嘉の長男、賢秀が暢子の就職が内定していた会社の社長のドラ息子を殴ったロケ地です。本部半島の北端にある隆起サンゴ礁と白い砂の海岸で、フクギの並木道を通り抜けてたどり着きました。喧嘩とは程遠いのどかな風景でした。印象は、沖縄本島南部の風景で、比嘉家のある北やんばるの海岸とはイメージが異なります。もともと本部半島は「やんばる」ですので、この海岸は、やんばるの少数派の海岸と思います。
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<比嘉家のピクニック海岸は、天然の岩舞台>

子供たちの海遊び場
東京から来た暢子の同級生の和彦に、「ちむどんどん」は、心臓がどきどきワクワクすると説明した海岸だと思います。昭和30年代の子供たちの遊びは、海で貝や魚を採って、浜で焚火で焼いて食べるシーンがありました。多分、やんばるだけでなく、全国の海岸が同じように子供たちは遊んでいたのではないでしょうか。
本部半島の隆起サンゴ礁と強い日差しが白い砂に反射してエメラルドグリーンの水面、遠くにリーフが見えて内海であるイノーが広がる南国沖縄のイメージの風景が広がっています。
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一家でお弁当を広げるピクニックシーン、暢子の女学友の早苗とサーターアンダギーを食べながら将来を語るシーンで登場する岩の舞台です。
白浜に降りて下からこの舞台を見ると、琉球石灰岩の大きな地層がみられました。沖縄本島の名護以北では、酸性土壌の千枚岩が多く、あまり見られません。比嘉家のある東村の海岸は、赤茶けた浜ですので、南国の沖縄の一般的イメージを演出したかったので30kmほど離れた今帰仁村を選んだのかなと思います。

ロケ地のすぐ近くに琉球歴史ロマンの場所がある。沖縄で百姓から王様に昇り上がった尚円王は、20代で伊是名島から出たとき、一家は、二艘に分乗し尚円王の船は国頭村に、弟の上間大親は今帰仁村に着いた。尚円王の死後、子供の尚真王に見いだされる。赤墓(あかばか)は、上間大親の墓で赤い枠組みがあったのが名前の由来とされる。
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暢子と和彦の手紙をやり取りするために作られたポストのあった場所と思える浜への出入口が近くにありました。
<やんばる村の全景ロケ地への小道は「燦燦」> 2022.07.23
やんばるには「やんばる村」は実在しないが、ドラマでは自然に存在していて、その全景がたびたび登場している。


やんばる村全景のロケ地は、大宜味村の芭蕉布会館に近い丘「喜如嘉ヒンバ森」の頂上で、そこからみた東シナ海と民家の風景が全景になります。車道から頂上に向け100段ほどの石段を上る途中の漏れる木漏れ日が、オープニングの1シーンを連想させて、テーマ曲「燦燦」が聴こえてきそうな気持よさがありまし
<今も昔も、やんばるの都会 名護市> 2022.10.2
やんばるの奥地から最も近い都会は、名護市で長女の良子の初恋の青春の舞台となった印象が強いので、昭和40年代の方が今より賑やかだったのではないかと思ったりします。最終回の最後で、時が令和にワープしたので、現在の夕日を浴びる名護市の全景を載せてみた。
名護市を含め全国の地方都市の先細りに、「まくとぅそうけー、なんくるないさ!」と、時代に抗って盛り上げていこうとする「ちむどんどん」の方々へ、「ちばりょうー!!」と応援の気持ちを送ります。

By 山田
終戦7年後の4.28をサンフランシスコ講和条約により、本土は独立したが、
沖縄では祖国から切り離された「屈辱の日」と期して、
沖縄の祖国復帰前に辺戸岬と与論島との間で
海上大会と海越えのかがり火を焚いて早期復帰を訴えた。

上図:サンフランシスコ講和条約により設定された日本国と沖縄の国境

昭和38年 1963.4.28 復帰前
参照:最初の海上大会 祖国復帰40周年記念事業 記念誌より

平成14年 2002.4.28 沖縄復帰30周年記念式典のかがり火
参照:最初の海上大会 祖国復帰40周年記念事業 記念誌より

平成24年 2012.4.28 沖縄復帰40周年記念式典のかがり火
参照:最初の海上大会 祖国復帰40周年記念事業 記念誌より

令和4年 2022.4.28 沖縄復帰50周年記念式典のかがり火

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復帰後は、30周年、40年そして今年50年に記念イベントとして、
海上大会とかがり火を再現し、戦争の無い恒久平和を祈った。
特に今年は、式典参加者から、ロシアのウクライナへの軍事侵攻による
多くの市民虐殺の非人道行為への怒りや悲しみと、
話し合いでは解決できない人間の感情の愚かさを鑑みながら、
強く平和への願いをお聞きしました。
辺戸岬での沖縄祖国復帰50周年記念の恒久世界平和への願いは、
より強く世界へ発信されたと信じます。
By 山田