沖縄本島北端、ヤンバルの自然と歴史が育んだ奥の茶、特に紅茶が美味しい

沖縄は、琉球の時代からお茶貧乏であった。沖縄の蒸し暑い気候のため、お茶の需要は高かったが、島内の生産量が少なく、日本本土や台湾から輸入に依存し、外貨の流出を招いていた。琉球王府時代から平成に至るまで、島内の生産量を増やし安く流通させる多くの政策が施行されたが、県民の茶への嗜好性の点等から大きな安定した事業に成長することは難しかった。その中で、際立って光を放つ一時代を作ったのが、ヤンバル奥地区である。

奥での本格的な茶栽培は、1929年(昭和4年)種苗圃の着手で始まった。1933年(昭和8年)に24名で茶業組合を結成した。その後、県から技官を迎えて台湾の釜炒機を導入した工場を建て、品質向上と生産量拡大を行い、組合60余名、農家の半数がお茶に関わった。

茶摘みはさみ

戦後、1948年(昭和23年)に74名で任意団体「奥茶業組合」を作り、焼け跡からトタンぶき簡易茶工場を新設し再興にまい進した。この組合での運営は、共同助け合い(ゆいまーる)の精神に基づいており、各員が有機的につながり、味が良く生産量を向上させた。また、本土へ研修者を送り、当時の最先端の技術や嗜好の情報を取り入れた。

沖縄復帰1972年(昭和47年)で、琉球政府の保護政策が無くなり、本土のお茶が安く入る厳しい状況となったが、奥茶業組合は、団結して品質と生産量を向上させ、本土への流通経路を安定し流通単価を下げる努力の結果、著しい業績を上げた。この業績が認められて、1975年(昭和50年)に、毎年全国より新しい農業事業の中でとくに優秀な団体を選出する朝日農業賞、1976年(昭和51年)に沖縄タイムズ産業賞を受賞した。

茶摘み機

平成に入ると組合員の高年齢化で二人で扱う重たい茶摘み機が負担になり、軽量の農機具を使うシークワーサ(柑橘類)に徐々に移行し茶畑の面積が減少した。生産量が減少した別の一因として、沖縄の島産茶への嗜好性が低かった問題があり、早摘み茶として本土市場を主体とした流通体制に固定化されたことが考えられる。本土の時流が悪くなったときに安定した地元の需要が広く定着していなかったため、本土の需要縮小に伴い生産量が減少したと思われる。

令和となった今でも、奥のお茶は生産されており、奥共同店でも緑茶と紅茶が店の入って直ぐの一等地で販売されている。緑茶もバランスが取れて美味しいですが、紅茶は「東方美人」ウーロン茶に似て、蜜入りのような甘みがあり何も足さずに美味しく飲めます。

奥共同店の入り口が空くと奥産お茶がお出迎え
奥共同店の入り口が空くと奥産お茶がお出迎え

読者の皆様、ヤンバルの北端へお出かけの際は、辺戸岬から約8kmの奥地区へ足を延ばし、奥共同店でお茶をお求めになってはいかがでしょうか。亜熱帯の森林に開けた茶畑を想像しながら味わうと、とてもリラックスできると思います。

 

 

Free Tour of Northern Okinawa Awamori Distillery “Yanbaru Shuzousho”, rich taste from the tropical forest pure water

Awamori is a distilled spirit indigenous to Okinawa, that is not sake,  almost same with Shochu. Awamori is made by the fermentation of indica rice without any other grain with black koji(malt), which is the same koji of Shouchu. You can learn the history and fermentation and distill process of the liquor in the free tour. You can also taste some kinds of Awamori in the factory.

Yanbaru Shuzousho, which I visited this time, is located on the Takazato River in Ogimi Village, and is the northernmost distillery specializing in Awamori founded by local people 70 years ago. Awamori product process use the same method of southern area of Okinawa, but the water is different. In the southern part, the hard water purified by infiltration of Ryukyu limestone is used, whereas in Yanbaru Shuzousho, medium hard water infiltrated through forests and soil that does not contain much limestone is pumped up. It is used as a  water to thin the fermented rice, cooling water for distillation, and to reduce alcohol.

Tour reception and sales office

Entrance of the  distillery, I was guided by Mr. Ikehara, President.

Thai rice is the only cereal that is washed, soaked and drained.

After draining, the rice is steamed.

Black malt spores are sprinkled evenly on steamed rice. Since the black malt is a strong bacterium, it does not attract other bacteria. then the rice is not spoiled.It is also a very useful bacterium used in a black vinegar made in Kagoshima Prefecture.

The black malt on the factory roof beams gives a sense of the building’s history.

Rice koji made from black koji and steamed rice is mixed with Yanbal water to form “moromi” and fermented slowly under room temperature. A month later, “moromi” had a slightly sweet awamori scent.

The water used for Awamori is sterilized with ultraviolet light. Low temperature pasteurization is widely used so that the taste of freshly squeezed milk is not impaired by heat. Pasteurization is widely used so that the taste of freshly squeezed milk is not impaired by heat. Efforts to preserve the deliciousness of natural water are wonderful.

The fermented moromi is heated, distilled, and blown into a cooling tank through the square pipe in the picture.The water flowing through the cooling tank is also Yanbal water.Because it is distilled at normal pressure, the scent of moromi and various components are contained more than shochu. That will be the source of the taste of Awamori.

The freshly distilled Awamori is aged in storage tanks for over a year and slowly grows mellow.

It was one of the best shochu and Awamori I ever drank. Yanbaru Distillery is a small  business size that is mostly consumed locally. As demand declined due to depopulation. When going to Yanbal, please stop by the Yanbaru Distillery and try delicious Awamori

 

Return.

沖縄北部の山間で亜熱帯の森林深くの清水が育む芳醇な泡盛、やんばる酒造所の訪問記

沖縄のお酒と言えば、泡盛である。泡盛は、琉球王朝時代は、首里城近くでしか製造を許されず、庶民へ流通した泡盛は限定的だった。蒸留技術は、琉球王朝ができる以前にシャム国(タイ)から伝わっていたが、質の良い泡盛を生み出す黒麹は江戸時代に薩摩からやってきた。明治になって沖縄各地で泡盛の酒造が許され、ヤンバルにも酒造所ができた。

今回訪問した「やんばる酒造株式会社」は、大宜味村の田嘉里川沿いにあり、70年前に地域の人たちが創設した沖縄本島で最北端の泡盛専門の酒造所である。やんばる酒造所での泡盛の製造方法は共通だが、水が違う。南部が琉球石灰岩を浸透し浄化された硬水であるのに対し、やんばる酒造所では森と石灰石をあまり含まない土壌を浸透した中硬水を山からくみ上げて、仕込み水、蒸留時の冷却水、割り水に用いている。私は、毎日ヤンバルの湧き水で米を炊きお茶を飲んでおり、水のおいしさを実感しているので、帰宅後の試飲が楽しみであった(現地で試飲は可能だが、車でないと行けない)。

工場を案内していただいたので、順に説明する。

やんばる酒造所の見学の受付と販売所。

酒造所の入り口 社長の池原さんに案内していただきました。
米はタイのインディカ米

タイ米は、洗米、浸漬、水切りを行う。

水切り後、蒸し器で蒸しあげられる。1行程で70kgを蒸す。
蒸し上がった米に黒麹菌の胞子をまんべんなく散布する。黒麹菌は、強い菌であるため、他の菌を寄せ付けない。また、黒酢でも用いられる有難い菌である。
工場の屋根の一面に着いた黒麹菌は、建物の歴史を感じさせる。

黒麹菌で出来た米麹は、ヤンバルの水と混ぜてモロミとなり、ゆっくり発酵させる。一か月たったモロミからは、少し甘いような泡盛の香りがした。

低音殺菌装置の制御パネル

米麹に合わせる水や割り水は、紫外線で低音殺菌される。低音殺菌は、絞りたての牛乳の美味さを熱で損なわせないために広く用いられている。ヤンバルの生水の美味さを保つ努力は素晴らしい。

蒸留装置

発酵が終わったモロミは、加熱し蒸留され、写真の角ばったパイプを通って冷却槽に吹き込まれる。冷却槽を流れる水もヤンバルの水である。水道水を使わないのは、ヤンバルの水は夏でも冷たいからだろうかコスト面だろうかと勝手に想像した。

貯蔵タンク

蒸留された新しい泡盛は、一年以上貯蔵タンクで熟成され、ゆっくりとまろやかさを増していく。

池原社長は、昔教員をされていたとの事で、優しく分かりやすく説明して頂きました。誠に有難うございました。

帰宅後に、「大山原」を試飲をした。今まで飲んだ焼酎、泡盛の中で最も美味かった。やんばる酒造所は、地元に根差した酒造所で、ほとんどが地元で消費される。過疎化により需要が減る中、読者の皆様におかれましては、ヤンバルへお出かけの際は、やんばる酒造所に寄って、美味しいお酒をお試し頂ければと思いました。

我が家で一杯

 

沖縄本島北端の辺戸集落で気楽に神様に近い暮しと自然をツアー体験 2020.1.19

沖縄本島最北の辺戸区は、沖縄を創られた神様が最初に光臨された聖地「安須杜」岩山の麓に広がる集落です。集落を歩くと古来からの風が吹き、神様を敬った里山の暮らしと自然が匂いたちます。

今回のツアーの企画は、辺戸区長の平良さん(今回のガイドさん)が行っているツアーを基に、沖縄本島最北の三区(宇嘉区、宜名真区、辺戸区)の協賛で辺戸岬観光案内所も加わって立案したモニターツアーです。モニターツアーは、午前の部と午後の部に分かれ、所要時間が2時間強のほぼ同じ経路でした。

まず、辺戸岬観光案内所に参加者が集合し、義本王の墓近くの駐車場に再集結して、風土体験ツアーが開始されました。

午前の部参加者とガイド、関係者
午後の部 参加者とガイド 記念写真撮り忘れ、すみません。

<蔡温の松並木の散策>

蔡温の松並木は、辺戸集落に近くまた山里の自然が豊かで、散策路のいたる所で荘厳な安須杜や緑濃ゆい森林が臨めます。木漏れ日と優しい風で心が洗われました。

硬くて古い石灰岩で作られた散策路は、歩きやすく整備され、経路の大部分が高木の傘の下でした。

散策路の近くに直径1mを超える巨大な琉球松の木があります。散策路から離脱できないので、このような巨木をワンショットで撮影するのは無理です。幹とたくましく張った根を撮るだけでも絵になります。また、土壌の安定性が悪いため板根化した樹木が散策路の近くにありました。ガイドさんから板根の植生を聞いて、脳の無い植物の知恵に感銘しました。

森の中には、色々な小動物がひっそりと生きています。幹に宿るヤマタカマイマイの子供やキセル貝を探し当てて、そっと皆で興奮していました。

散策路のわきに食べれるホウビカンジュが自生しているとの事。

ちょっと味見会してみました。美味しい!! そのままサラダに使える食材と思いました。

ふと空が広がって、松とイタジイの森が絶景でした。

1m越えの切り株 病気のためバッサリ ガイドさんの声が寂しそうでした。

ツアー途中でお茶休憩。暖かく香ばしいハーブティ「カラギ茶」とお菓子で、さらに癒され、お替りしました。

ガイドさんによる神様と地元の人々の関わり合いについて説明を受けました。安須杜を眺めながら拝聴すると、この山には神様が今も鎮座されて見守っておられるように感じました。

< 辺戸集落の暮らし >

古来、辺戸で祭事を仕切っておられたノロさんの祈りの場所ウガンシュにて、お祈りを捧げました。辺戸のノロは、琉球王朝から任命され、王朝へ捧げる重要な若水を取り聖地を守り地域の安寧を祈る重責を400年続けてこられたとのこと。私はノロの しめやかなお屋敷に普通に正月飾りがあることに、琉球人の神も神道も仏もおおらかに敬い親しむ気持ちよさを感じました。

辺戸の集落は、昔から水の宝庫で生活用水も身近に湧いていた。生活に近い水場は、正に井戸端会議の舞台であったようで、今でも使える井戸の縁に立つと昔から続く生活の雰囲気を感じました。

共同売店にある寄り合い会議室で、祖母が辺戸最後のノロであった地元のお婆さんを囲んで、色々とお話しを伺いました。ノロは世襲制ではなく霊力をもった適正な方が推挙されノロとなれるとのこと。祖母は与那の人だったが、ご自身の霊感によりノロの依頼が来ることを予見して心構えをしていたとのこと。当時、辺戸集落にはノロが不在で悪い気があり、辺戸の人たちは祖母をノロに迎えることを決めて夜中、竹三本で松明を作り祖母の元にノロを依頼されたこと。覚悟していた祖母と母は辺戸に移り住んで、辺戸に安寧がもたらされたこと。ノロにとって大切なマガタマが紛失したが奇跡的に戻ってきたこと。 ツアーの方々は、お婆さんの話の内容だけでなく語り部の醸し出す雰囲気に感じ入った様子でした。

<  義本王の墓>

国道58号線から急な石段と山道を登り義本王のお墓へ行きました。

義本王は、城時代(鎌倉時代)の浦添の王家の3代目で、在位時に天災や疫病のため世が乱れ王座をさりました。退位の過程が沖縄の著名な歴史書の間で異なり、また義本王の墓が多数あるため訪れた辺戸の墓について現在も調査中とのこと。

 

義本王の墓を観てツアーは終了でした。その後、参加された皆さんのご感想を伺い、楽しまれたことをお聞きして関係者一同大変うれしかったです。また、次回を期待する声も頂き励みになりました。今回のモニターツアーに参加された皆様、有難うございました。また、関係者の皆様お疲れ様でした。

株式会社ファーマーズ・フォレスト 石井さん、写真提供有難うございました。

 

2020 辺戸岬の初日の出

新年明けましておめでとうございます。Happy new year.

今年も沖縄本島の最北端の観光案内所から、ヤンバルの観光やイベントが楽しめるよう情報を発信してまいります。Information on sightseeing and events in Yanbaru will be issued from the northernmost tourist information center on the main island of Okinawa.

2020年の初日の出は、雲の隙間からのご来光でした。The first sunrise of 2020 at Cape Hedo, the sun came from a gap in the cloud.

辺戸岬に来られる皆様の交通安全をお祈りしました。We prayed for the traffic safety of everyone coming to Cape Hedo.

2020 初日の出 The first sunrise at Cape Hedo